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斉藤壮馬の音楽世界「my blue vacation」を聴いて

mybluevacation

うわ、この感じ凄く分かる。分かるよ、壮馬くん。

最新EP「my blue vacation」を一通り聴き終えた僕は、まるで彼の友達のような気分でつぶやいた。実際には斉藤壮馬という人の事を殆ど何も分かってはいないくせにだ。

彼の事を知ったのはアイドリッシュセブンで演じている九条天。それまで僕が知っていた声優さんなんて、大山のぶ代や山ちゃんのような大御所ばかりなので、その世界には全く明るくなかった。

では、何故そんな門外漢が斉藤壮馬という人に興味を持ったのかというと、アイドリッシュセブン1stライブ「Road To Infinity」での圧倒的なパフォーマンスに衝撃を受けたからだ。演者全員が素晴らしいパフォーマンスを見せてくれた中でも、彼のプロフェッショナルな姿勢は、特に僕の心に突き刺さり忘れられなかった。

その後、彼が自身の作詞作曲で音楽活動を行っていると知り、ストリーミングにも入ってるし聴いてみるか。と何気なしに聴いてみると、驚いた。これ普通に音楽好きやないかい!と、思わず下手くそな関西弁でツッコミたくなるくらいに。

明らかに、元バンドキッズだろうという音楽センス。下手なJ-ROCKバンドよりも僕好みな趣味をしている。とりあえずストリーミングに入っている作品を片っ端から聴いてみて、自分好みの曲をまとめてプレイリストを作った。意識していないのにリストの中身は彼自身の作曲したものばかりだった。

更に、妻がエッセイを買ったので、ほぅと僕も読んでみたところ、より一層彼の魅力に惹きつけられた。文学への造詣の深さに驚かされ、愛知県の田舎で育った僕にとっては、思わず共感してしまう感情が描かれ、時おり挙げられるバンド名の分かるー!感に歓喜(中でも筋肉少女帯なんて、僕にとってのオリジンではないか!)

そんな訳で、僕は作品に触れているうちに壮馬くんに対して、青春時代を共に過ごした親友のような感情を一方的に抱く様になった。本当に面倒臭くてタチの悪い性格だ。

そして、2019年の冬にリリースされた「my blue vacation」。しかも今回は5曲全てが彼自身の作詞作曲。親友の作品だ。これは聴かないわけにいかない。ストリーミングに追加された1分後には僕はヘッドホンで聴き始めていた。

My blue vacation

1曲目はYoutubeに先行で公開されたMVで聴いた「memento」このEPの中でもメインとなる曲だろう。オルタナサウンドを下敷きにして美しいストリングスが鳴り響くとどうしてもThe Smashing Pumpkinsの名曲「Tonight, Tonight」を思い出す。

焦燥感と高揚感のある演奏で表現されるのは、世界の終わりの美しさ。具体的な言葉で語られる街並みがまるで目の前に浮かんでくるようだ。「最高の終末日和だ」というひねくれた感情は曲の構成にも繋がる。J-POP的なAメロ→Bメロ→サビという構成を避けるひねくれ気質。分かる。分かるよ。僕は面倒臭い性格なのだ。

「水底へ沈んだ」という歌詞以降のボーカルエフェクトでの水中表現。James Blake「The Wilhelm Scream」からの影響が伺えて、僕は一人ふふっと笑った。ところで、メロディアスなベースラインが好きだなと思ってたら元School Food Punishmentの方だった。そりゃ好きだ(僕は彼らの「Flow」という曲が三度の飯より好きだった)
※追記:ブックレットを見たら山崎英明さんは「Paper Tigers」への参加でした…

「Paper Tigers」は2曲目にぴったりな疾走感のあるエモサウンド。ただ、そこは斉藤壮馬、単純に疾走するだけのエモナンバーにはならない。張子の虎というタイトル通り、虚勢を張って精一杯、半ば自嘲気味にポジティブに振る舞う姿を見事に表現している。

「サリエリみたいに器用なおれは」という歌詞がグッとくる。同じ時代にモーツァルトという天才がいたサリエリの心境(僕は映画アマデウスくらいの知識しかないのだけど)天才にはなれなかった者の虚勢の張り方、左ききのエレンか。

ここぞという聴かせどころでリズムがハーフになる00年代のUSエモマナー。分かる。歌詞面では「イーアルサンスー」と「一切反芻」の韻の踏み方など、聴いていて最高に気持ち良いポイントがいくつもある。約3分という曲の長さも無駄にダラけずコンパクトで素晴らしい。

「ワルツ」は、出だしの蓮沼執太フィルの様な爽やかなアレンジが新鮮だった。口笛・ハンドクラップ・コーラスの多幸感と、デカダンな歌詞世界が合わさって不思議な高揚感を与えてくれる。

サウンド面では三拍子での優雅な印象と、アグレッシブなバンドアンサンブルが同居していて、気づけば曲の中に入り込んでいしまっている感覚になる。歌詞とサウンドのバランスもそうなのだけど、相反するものを混ぜ合わせて独特の世界を生み出すのが、斉藤壮馬ワールドの肝になっているのかもしれない。

続く「林檎」はこれまでのバンドサウンドとは一転して、ラップとジャズといったブラックミュージックを混ぜ合わせて、IDMなサウンドスケープでまとめ上げている印象。イントロからキックの音が気持ちいい。

ローテンポに乗る知的なライムとフロウがさすがとしか言いようがない。特に中盤のリズムが倍になる展開での次から次に踏みまくる韻。しかもワードチョイスがいちいちヤバくて最高(思わずヤバいとか言ってしまうくらい)

基本的には壮馬くんの事は元バンドキッズだという認識だったのだが、ブラックなノリの曲も想像以上にハイレベルで感動した。まだまだ見せていな引き出しが沢山あるのだろうと想像してしまう。

最後を飾るのはゆったりしたシティポップナンバー「Tonight」斉藤壮馬のシティポップ曲といえば「デート」だが、「Tonight」「続・デート」だと僕の中で勝手に位置付けている。

二曲とも夜に女の子と歩いているシチュエーションは同じ。デートでは傷つきたくないナイーブな気持ちを「ウェーイ」「てへぺろ」とチャラっと虚勢を張っていたのが、「Tonight」ではロマンチックにしっとりとした表現へ。

もしこの二曲の主人公が同じ男だったらと思うと、戦法を変えて何とか意中の女の子と親密になりたいという行動が可笑しくもあり、応援したくもなってくる。逆に別の人物だったとしたら、変な男にばかり言い寄られるこの女の子が気の毒でもある。

まとめ

全5曲20分というコンパクトなサイズ感でとても聴きやすいEPだった。それぞれの曲はどれも個性があって全く飽きずに楽しめる。EPを聴き終わる度に、最初から再生して何度でも繰り返し聴きたくなる作品だ。

世界の終わりと自意識を表現した歌詞が大きな魅力なのは誰もが感じる点だろう。彼が世界の終末を描くのは、どこか、この世界に絶望しているところもありながら、一方で誰よりもこの世界を美しいと感じているからではないだろうか。

それは一曲目のタイトルがメメント・モリを引用した「memento」と題されていることにも顕著で、世界の終わりも、好きな女の子と一緒にいたいという日常も、等しく生命への賛歌だ。僕たちはもっとこの世界の美しさを思い出してもいいのではないだろうか。

全曲が自身の作詞作曲で構成された今作を踏まえて作られる次のアルバムを、僕は早くも楽しみになっている。そのくらい斉藤壮馬の音楽は魅力的だ。

ただ、この作品には一点だけ不満なところがある。それは、この作品がアニメとしてカテゴライズされていることだ。この世界観が刺さる人は間違いなく沢山いるはずだし、より大勢の人に聴かれるべき作品だと僕は思っている。

ただそれも、これだけの才能を前にしたら勝手に状況が変わってくるだろう。最高の終末日和だ、なんて虚勢を張りながら世界の終末までノンストップで進んでいこう。

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